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子育て終了した父親の独り言2013

子育て終了した父親の独り言2013

2 レーザー手術 数カ月後に激痛

2010年9月15日 asahi.comより抜粋



運動器 腰椎椎間板ヘルニア:2 レーザー手術 数カ月後に激痛

 東京都内に勤める会社員石黒弘二さん(33)は、サッカー少年だった10代から腰痛と付き合っていた。日常生活に支障はないが、年に1度のペースで腰から右脚がジンジンと痛くなる。もう慣れっこだった。

 高校3年生か大学生になったころ、磁気共鳴断層撮影(MRI)を受けて「腰椎椎間板(ようついついかんばん)ヘルニア」と診断された。

 脊椎(せきつい)の骨と骨の間には、椎間板と呼ばれるたんぱく質のクッションが挟まっている。ゆで卵のような構造で、同心円状の層になった線維輪の中央に、髄核というゼリー状のものがある。腰椎椎間板ヘルニアは、腰に負担のかかる重労働などで線維輪が劣化してヒビが入り、中のゼリーが押し出されて神経を刺激して起こる。事故などの強い衝撃で起こることもあり、足などにしびれや痛みが出る。

 石黒さんは、一番おしりに近い第5腰椎の上下の椎間板が傷んでいた。診断した病院の医師は「歩けなくなったり、トイレに行けなくなったりしたら手術をしたほうがいいが、我慢できるうちは我慢した方がいい」と話した。大がかりな手術になるという。「それなら手術は嫌だな」と思った。

 2001年に総合卸商社に就職。最初の配属は荷物の発送を担う部署だった。朝から晩まで数十キロの荷物を運ぶ。疲れがたまると、右のお尻のあたりがキリキリ痛んだ。20代後半に接客中心の部署に異動。その後も、痛みは毎年、少しずつ強くなっていた。将来への不安を、抱え始めていた。

 06年、レーザー光線による治療法があると知った。メスの切開が不要で、日帰りでできる治療法だった。一方で周囲の神経や組織を傷つけることもあると指摘されていた。公的保険も適用されていなかった。だが、「治るなら」と、都内のクリニックを受診した。

 レーザー手術を2回受け、どちらも1時間足らずで終わった。術後、仰向けに寝て足を上げる検査をすると、手術前は30度くらいしか上がらなかった右足が、50度近く上がるようになった。腰の痛みも消えていた。

 入社以来、会社のサッカー部に所属していた。年に数回の試合で、手術前は1試合90分を通して走ることはできなかった。それが、2試合走っても腰が痛くならない。

 うれしくて、仕事に全力投球するようになった。ところが、数カ月後。言葉にできない痛みに襲われることになる。


===抜粋終わり===



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